シオリ東京都には23区だけでなく、八王子市や立川市などの「市」もありますよね。なぜ呼び方が違うのでしょう?



江戸東京博物館で「東京府」「東京市」「東京都」という表記を見て、そこが気になったんだ。
東京市は昔の東京府全体だったのかな?



もし東京市が府全体ではなかったなら、現在の23区と多摩地域の市の違いにもつながりそうですね。



うん。八王子・立川・武蔵野がなぜ区ではないのかも含めて、公的資料から境界の歴史を調べてみたよ。
こんにちは、風牙です。
2026年8月14日、江戸東京博物館を見学しました。
江戸ゾーンから東京ゾーンへ変わったあたりで、「東京府」「東京市」「東京都」という異なる表記が気になりました。
当日は人が多く、地図や公文書があったような記憶はあるものの、どの展示で見たのかまでは確認できていません。
私が知っていたのは現在の「東京都」だけです。そこで最初は、東京府が東京市へ変わり、その後に東京都になったのだろうかと思いました。
しかし、調べていくうちに別の疑問が生まれます。
- 東京市は東京府全域だったのか
- なぜ現在の東京都には23区と市が混在しているのか
- なぜ八王子市・立川市・武蔵野市などの多摩地域は区ではないのか
東京都や東京都公文書館、八王子市、立川市、武蔵野市などの公的資料を使い、現在の境界につながる歴史を調べました。
なぜ東京都には23区と市があるのか
先に結論を言うと、現在の23区と多摩地域の市は、同じ東京都内でも異なる歴史をたどってきました。
旧東京市の区域が現在の23区へつながり、多摩地域では別の市町村が発展したため、東京都には「区」と「市」があります。


単に「東京の西側だから市になった」という話ではありません。
どの地域が東京市へ編入され、どの地域が東京府内の別の自治体として発展したのかが、現在の区と市の違いを理解する鍵です。
1889年、東京府の中に東京市が誕生した


東京府と東京市は、同じ行政区画の新旧名称ではありません。
東京府という広い区域の中に、東京市という一つの市が存在していました。
東京市は15区をもとに発足した
1878年、東京府内には15区と6郡が置かれました。
15区は、麹町・神田・日本橋・京橋・芝・麻布・赤坂・四谷・牛込・小石川・本郷・下谷・浅草・本所・深川です。
1889年5月1日、市制・町村制の施行により、この15区の範囲をもとに東京市が誕生しました。
15区は東京市の区として残ったため、当時は「東京府の中に東京市があり、東京市の中に15区がある」という入れ子の関係でした。
東京府は東京市より広い区域だった
東京府は、現在の都道府県に近い広域の行政区画です。
東京市だけでなく、郡部の町村や島しょ部なども管轄していました。
したがって、「東京府から東京市へ改称した」のではなく、「東京府の中に東京市が置かれた」と考えるのが正確です。
多摩地域は東京市とは別の自治体として発展した
1893年、三多摩が神奈川県から東京府へ移管
現在の多摩地域につながる西多摩・南多摩・北多摩の三郡は、もともと神奈川県に属していました。
1893年4月1日、三多摩は神奈川県から東京府へ移管されます。
ここで重要なのは、三多摩は東京府へ入ったものの、東京市へ編入されたわけではないという点です。
東京市とは別に、東京府内の町村として歩み続けました。
八王子・立川は東京府内の独立した市になった
多摩地域の自治体は、東京市へ入るのではなく、それぞれの町村を基盤に市へ成長していきます。
- 八王子市:1917年9月1日に市制施行
- 立川市:1940年12月1日に市制施行
- 武蔵野市:1947年11月3日に八王子・立川に次ぐ都内3番目の市として発足
八王子市と立川市は東京都が成立する前から、東京府内で東京市とは別の市でした。
武蔵野市は東京都成立後の1947年に誕生していますが、やはり旧東京市の区から変わった自治体ではありません。
1932年、東京市は35区へ拡大したが多摩全域ではなかった


東京の市街地が郊外へ広がると、東京市の境界を越えた都市行政が課題になりました。
1932年10月1日、東京市は隣接する荏原郡・豊多摩郡・北豊島郡・南足立郡・南葛飾郡の82町村を編入します。
編入地域に20区が新設され、それまでの15区と合わせて東京市は35区になりました。これが「大東京市」です。
ただし、拡大したのは東京市に隣接する5郡です。
三多摩全域が東京市になったわけではなく、八王子など多摩地域の自治体は東京府内に別に存在し続けました。
1943年、東京府と東京市を廃止して東京都が成立
1943年7月1日、東京都制が施行されました。
東京府と東京市はともに廃止され、従来の東京府の区域に東京都が設置されます。
東京都は東京府だけ、あるいは東京市だけが名前を変えたものではありません。
府と市が重なる大都市行政の課題に加え、戦時下で防空や配給などを一体的に進め、首都行政への国の統制を強める背景がありました。
東京都の成立で東京市はなくなりましたが、多摩地域の市町村まで「区」へ変わったわけではありません。
旧東京市の35区が現在の23区へつながった
東京市廃止後も35区は残った
1943年に東京市が廃止された後も、旧東京市内の35区は東京都の区として残りました。
戦後の1947年3月15日に35区は22区へ再編され、同年8月1日に練馬区が板橋区から分離して現在と同じ23区になります。
また、1947年5月3日の地方自治法施行により、東京都の区は「特別区」になりました。
現在の23区は東京市そのものではありませんが、旧東京市の区域と区の歴史を受け継いでいるのです。
多摩地域では市町村が存続した
一方、多摩地域では東京市の区ではなく、市町村が基礎自治体として存続しました。
その後、町村合併や市制施行によって現在の市町村へ変化していきます。
そのため、八王子・立川・武蔵野などが区ではない理由は、単なる東西の位置ではなく、旧東京市へ編入された区域か、東京府・東京都の下で別の自治体として発展した区域かという歴史にあります。
現在の特別区と市は制度上も少し違う
現在、東京都には特別地方公共団体である23の特別区と、普通地方公共団体である市町村があります。
多摩地域の市は、一般の市として住民に身近な行政を担います。
特別区も多くの点で市に近い仕事を行いますが、大都市として一体的に処理する必要がある上下水道や消防などの一部事務は東京都が担います。
歴史的な境界が現在の「23区と多摩地域の市」という姿につながり、その上に独自の都区制度が築かれているわけです。
東京府・東京市から23区と市までを年表で確認


- 1868年:東京府を設置
- 1878年:東京府内に15区と6郡を設置
- 1889年5月1日:15区をもとに東京市が誕生
- 1893年4月1日:三多摩を神奈川県から東京府へ移管
- 1917年9月1日:八王子市が市制施行
- 1932年10月1日:東京市が周辺5郡82町村を編入し35区になる
- 1940年12月1日:立川市が市制施行
- 1943年7月1日:東京府と東京市を廃止し東京都を設置
- 1947年3月15日:35区を22区へ再編
- 1947年5月3日:地方自治法施行により特別区が発足
- 1947年8月1日:練馬区が分離して23区になる
- 1947年11月3日:武蔵野市が都内3番目の市として発足
まとめ:23区と市の違いは旧東京市の境界から見えてくる
江戸東京博物館で「東京府」「東京市」「東京都」という表記を見たことから始まった疑問。
調べてみると、現在の東京都に23区と市が混在する理由までつながっていました。
- 東京府は広域の行政区画で、東京市はその中の一つの市だった
- 東京市は1889年に15区で始まり、1932年に35区へ拡大した
- 三多摩は東京府へ移管されたが、東京市には編入されなかった
- 八王子・立川・武蔵野などは、東京市とは別の自治体として発展した
- 旧東京市の35区は再編を経て現在の23区へつながった
東京都の「区」と「市」の違いは、旧東京市に入った地域と、多摩の市町村として別に発展した地域の歴史から生まれました。
東京の地図を見るとき、この境界の歴史を知っていると、23区と多摩地域の見え方が少し変わります。



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